認知症と遺産相続

相続人に認知症の方がいる場合の相続手続と実務上の留意点

相続手続は、あくまで「手続」であり、必要書類を整え、所定の手順に従って進めれば、時間と労力はかかるものの、理論上は完了できるものです。

しかし、相続人の中に判断能力に問題のある方(認知症の方)が含まれる場合、相続手続は一気に難易度を増します。

1 認知症の相続人がいる場合の法的原則

相続手続において重要なのは、遺産分割協議は「法律行為」であるという点です。

民法上、法律行為を有効に行うためには、
当事者に意思能力が必要とされています。

認知症により意思能力を欠く状態で行われた遺産分割協議は、
原則として無効と判断されるリスクがあります。

このため、相続人に認知症の方がいる場合、実務上は、

  • 成年後見人を選任し

  • 成年後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加する

という対応が原則となります。

2 成年後見制度の現実的な問題点

成年後見人の選任は、家庭裁判所への申立てによって行われますが、

  • 申立てから選任までに数か月を要することがある

  • 専門職後見人が選任されるケースも多い

  • 原則として、被後見人の死亡まで制度が継続する

など、時間的・費用的・心理的な負担が小さくない制度です。

そのため、

「事前に遺言書を作成しておけば、このような事態は避けられた」

と後から感じられるケースは、実務上も少なくありません。

3 問題となりやすい「軽度認知症」のケース

特に悩ましいのが、

  • 認知症の程度がごく軽度である

  • 日常生活はある程度自立している

  • 被相続人の財産額が比較的少額である

といったケースです。

例えば、
現在介護をしている親自身が相続人であるという状況では、

  • 法的にどこまで厳密に対応すべきか

  • 成年後見制度を直ちに利用すべきか

判断に迷う場面が現実に存在します。

4 金融機関実務と法的判断は別である点に注意

実務上、預貯金の解約や払戻しについては、

  • 署名

  • 実印の押印

  • 本人確認書類

などが整えば、軽度の認知症であっても金融機関の手続自体は進むケースがあります。

しかし、ここで注意すべき点は、

金融機関の手続が可能であることと、
法律行為として有効であることは別問題

という点です。

仮に、後日、

  • 当時すでに意思能力を欠いていた

  • 遺産分割の内容が不利益であった

と判断されれば、その協議や処分が争われる可能性は否定できません。

5 「全員が納得しているから大丈夫」とは限らない

例えば、

  • 認知症の親に多くの財産を承継させる内容で

  • 他の相続人全員が合意している

という場合であっても、

法的には、

  • 将来、相続人が変わった

  • 相続人の一部が態度を変えた

といった事情が生じた際に、過去の遺産分割の有効性が問題となる余地があります。

その意味で、

「今回は円満だから」「財産が少ないから」

という理由だけで、法的リスクを軽視することはおすすめできません。

6 成年後見制度に「簡易版」は存在しない

現時点の法制度上、

  • 成年後見の「簡易版」

  • 相続手続に限定した一時的代理制度

といった制度は存在しません。

そのため、実務上は、

  • 成年後見制度を正式に利用する

  • 遺言書や生前対策によって、そもそも遺産分割協議を不要にする

といった方法を、事案ごとに選択することになります。

7 まとめ(専門家としての視点)

認知症の相続人がいる相続手続は、

  • 法律

  • 家庭裁判所実務

  • 金融機関実務

  • 家族関係の現実

が複雑に絡み合う分野です。

「どこまで厳密にやるべきか」は一律に決められるものではありませんが、
後から問題が生じた場合に、取り返しがつかないのが相続手続です。

少しでも判断に迷う場合は、早い段階で専門家へ相談し、
事案に応じた適切な手続きを選択することが重要です。