相続税と遺言書をめぐる政策動向と現行法の位置づけ
※本記事で触れている「遺言控除」構想は、2018年導入予定と報道されたものの、2022年1月時点においても制度化されておらず、現在(2025年)においても実施されていません。
1 「遺言控除」構想とは何だったのか
相続に関する報道の中で、比較的前向きな内容として注目されたものに、いわゆる**「遺言控除」構想**があります。
これは、自民党の「家族の絆を守る特命委員会」が、
遺言に基づいて遺産を承継した場合、
相続税の負担を軽減する新たな控除制度を創設する
という方針をまとめ、党税制調査会に提案し、2018年までの導入を目指すと報じられたものです
(※日経新聞報道・一部要約)。
構想の内容は、現行の相続税の基礎控除額に上乗せする形で控除を設けるというもので、これが実現すれば、課税対象となる遺産総額が圧縮され、相続税負担が軽減されることになります。
2 現行の相続税法と基礎控除額(正確な整理)
現在の相続税の基礎控除額は、以下の計算式によります。
3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
(相続税法第15条)
かつて(平成27年改正前)は、
5,000万円 + 1,000万円 × 法定相続人の数
という水準であり、実務上は「バランスが取れていた」と感じる専門家も少なくありませんでした。
しかし、平成27年(2015年)税制改正により基礎控除が大幅に引き下げられた結果、
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都市部に自宅不動産を所有している
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特別な資産家ではない「一般的な家庭」
であっても、相続税の申告・納税が必要となるケースが急増しました。
このような背景から、遺言控除構想は実務家からも一定の期待をもって受け止められていたのが実情です。
3 「遺言控除」は制度化されていない点に注意
もっとも重要な点として、この「遺言控除」は、
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法律として成立していない
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相続税法上の制度として存在しない
という点を、明確に理解しておく必要があります。
現時点では、
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遺言書を作成したからといって
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相続税が直接的に軽減される特別控除が適用される
ということはありません。
あくまで当時の政策提言・構想段階にとどまり、その後、法改正として実現するには至っていないのが現状です。
4 それでも遺言書が相続税対策として重要な理由
制度としての「遺言控除」は存在しませんが、遺言書が相続税対策として重要である点は、現在も変わりません。
その理由としては、
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遺産分割を円滑にし、不要な争いを防ぐ
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納税資金の確保を見据えた分割指定が可能
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小規模宅地等の特例など、各種特例適用を意識した設計ができる
などが挙げられます。
結果として、
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相続税を支払うための不動産売却
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相続人間の深刻な対立
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納税資金調達のための借入
といった問題を回避・軽減できる可能性があります。
5 遺言書には「形式的要件」がある点に要注意
現時点においても、遺言書は極めて有効な相続対策手段ですが、
法律上定められた方式を誤ると、遺言として無効、または実務上機能しない場合があります。
例えば、
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自筆証書遺言における全文自書・日付・署名押印
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財産目録の方式
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遺留分への配慮を欠いた内容
などは、実務上トラブルになりやすいポイントです。
なお、2019年の民法改正により、
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自筆証書遺言の財産目録の自書要件緩和
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法務局における自筆証書遺言書保管制度
が導入されており、2014年当時と比べて、遺言を取り巻く制度は大きく進化しています。
6 まとめ
「遺言控除」という制度は、残念ながら現時点では実現していません。
しかし、遺言書の重要性が失われたわけではなく、むしろ制度整備が進んだ現在こそ、
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正確な法的知識に基づき
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将来の税務・紛争リスクを見据えた
実務に耐える遺言書の作成が、より強く求められています。
当事務所では、今後も相続・遺言を巡る法改正や政策動向を注視し、
適切な情報提供と実務対応を継続してまいります。
