受刑者は遺言書を作成できるのか ― 可能な遺言方式と注意点
「受刑者は遺言書を作成できるのか?」
実務上あまり表に出ないテーマですが、
個人的な疑問から調べてみると、結論として、受刑者であっても遺言書の作成は可能です。
もっとも、作成できる遺言方式には制限があります。
1 受刑者が作成可能な遺言方式
(1)自筆証書遺言
まず、自筆証書遺言です。
民法968条に定める要件
(全文・日付・氏名の自書、押印)を満たす限り、
受刑者であっても作成可能です。
※
刑務所内での紙・筆記具の使用、保管方法については
施設の管理規則に従う必要がありますが、
民法上、受刑者であること自体が無効理由になることはありません。
(2)一般隔絶地遺言(民法977条)
実務上、より注意が必要なのが
一般隔絶地遺言です。
2 なぜ「一般隔絶地遺言」が問題になるのか
受刑者は、
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公証役場に自由に出向くことができない
-
公証人・証人を自ら選任することができない
という事情から、
-
公正証書遺言
-
秘密証書遺言
を作成することが事実上不可能です。
そのため、民法977条の
一般隔絶地遺言が適用される余地があります。
3 一般隔絶地遺言の法的根拠
民法977条(一般隔絶地遺言)
伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、
警察官一人及び証人一人以上の立会いをもって、
遺言書を作ることができる。
条文上は「伝染病」と記載されていますが、
解釈上はこれに限定されません。
学説・実務では、
-
法律上
-
または事実上
一般社会との接触が自由にできない状態にある者
(刑務所・拘置所の被収容者など)も
一般隔絶地遺言の対象に含まれると解されています。
4 一般隔絶地遺言の方式上の特徴
一般隔絶地遺言では、
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警察官1名
-
証人1名以上
の立会いのもとで作成されます。
刑務所という性質上、
-
実印を所持していない
-
印鑑の使用が認められていない
というケースが通常であるため、
押印は拇印(ぼいん)で行われるのが一般的です。
5 検認は必要か(民法1004条)
一般隔絶地遺言は、
公正証書遺言ではありません。
そのため、相続開始後には、
民法1004条(遺言書の検認)
遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、
これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。
という規定により、
家庭裁判所での検認が必須となります。
6 【重要】効力の存続期間(民法983条)
一般隔絶地遺言には、
効力に期限があるという重大な注意点があります。
民法983条
第976条から前条までの規定によりした遺言は、
遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から
六箇月間生存するときは、その効力を生じない。
つまり、
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出所し
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通常の遺言方式(自筆・公正証書など)が可能になり
-
その後 6か月間生存した場合
👉
一般隔絶地遺言は失効します。
自筆証書遺言との違い
ここが重要ですが、
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自筆証書遺言には、この6か月制限はありません
したがって、
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出所後も効力を維持したい
-
遺言内容を確実に残したい
という場合には、
-
出所後に改めて遺言を書き直す
-
可能であれば公正証書遺言にする
といった対応が必要になります。
7 一般隔絶地遺言の文例(参考)
実務上用いられる形式の一例です。
遺言者Aは、○○刑務所に受刑中のところ、
令和○年○月○日、
警察官○名および証人○名の立会いをもって、
次のとおり遺言し、
本証書を作成させた。
※
この後に、通常の遺言内容(財産処分・遺言執行者等)が続きます。
8 まとめ(実務上の整理)
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受刑者であっても遺言書の作成は可能
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実務上の選択肢は
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自筆証書遺言
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一般隔絶地遺言
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一般隔絶地遺言は
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検認が必要
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出所後6か月で失効する可能性がある
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自筆証書遺言には失効制限がない
受刑中という特殊な状況下では、
遺言方式の選択が、遺言の効力そのものを左右することになります。
制度趣旨と制限を理解したうえで、
可能な限り確実な形で遺言を残すことが重要です。
